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三浦大知、20年のキャリアを支えた身体論とは?

ローリングストーン日本版 のロゴ ローリングストーン日本版 2018/08/11 10:00 Masaki Uchida

© Culture Entertainment Co.,Ltd. 提供 いまだ日本では希少種と言える”歌って踊れる”全方位型のアーティストとして、昨年、大きなブレイクを果たした三浦大知。1997年、9歳でダンスグループFolderの一員としてデビュー。2005年のソロデビューから今日までのキャリアは、一つひとつ、身体を張って出し続けてきた答えで描かれたレイヤーに他ならない。その独自の身体論とエンターテイメント哲学とは? またそれらはいかにして構築されたのか? その真髄に迫るべく、過去、三浦が敬愛するレジェンドたちも登場してきたローリングストーンのジャパンエディション新創刊第2号のカバーを飾ってもらった。

※この記事は6月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.03』に掲載されたものです。

ーこのインタビューに先駆けて、2月15日の日本武道館公演を拝見しました(※2月14日、15日に行われた『DAICHI MIURA BEST HIT TOUR 2017』追加公演。本インタビューは同公演から約一週間後のタイミングに実施)。

ありがとうございます。

ーまずはツアーを終えた感想から聞かせていただけますか。

とにかく楽しかったですね。特に武道館は去年の9月から12月にかけて全国をまわっていたツアーの集大成でもあったので、そういう意味でもすごく楽しかったし。またここから「次は何をしようかな?」と新たにスタートを切れるのも楽しくて。実はもう次に向かって、だいたいのアイデアは頭の中にあるんですけどね。

ーつまり常に数カ月以上先のビジョンを考えている?

そうですね。でもクリエイターの人って、僕に限らずだいたいそうなんじゃないでしょうか。 Aを手がけながら、習慣的に同時進行でその次のBも作っていると思いますし。

ー確かにそうですね。

僕もツアーが始まったら、「じゃあその次のツアーはどうするのか?」についてスタッフと話していますから。実際、そうした会話の中から話しながら浮かんでくるアイデアも僕の場合はかなりたくさんあるので。

ー拝見した武道館公演二日目はゲストが豪華でしたね。絢香さん、菅原小春さん、Folderの同窓生だった満島ひかりさん。そしてKREVAさん、宇多丸さん(RYHMESTER)、千晴さんといった、三浦さんにゆかりのあるヒップホップの代表選手が一堂に会しましたね。

そうですね。ここまでやってきて本当によかったなあと思いました。

ー彼らのような地頭の良い実力派の面々に認められ、かつ愛されているのもまた三浦大知というアーティストの特性だと思うのですが。

とんでもないです。でもあのステージは本当にうれしかったですね。

ー例えば宇多丸さんやKREVAさんといった年上の方との交流から教わったことや、吸収させてもらったと思うことは具体的にありますか?

たくさんあるはずですけど、そうですねえ……例えば宇多丸さんはFolderの頃からずっと応援してくださっていて。とにかくすごく言葉を持っていて”語れる”人じゃないですか。自分が心から好きだと思う物事について、あんなにロジカルに、しかも人の心にきっちりと届くように語れるスキルは尊敬しているし、そんな方にずっと以前から推してもらっていたのはとても光栄なことだと思っています。愛を感じるし、それを行動で表すとこができるのって、大人としてカッコいいよなあと。

ーなるほど。

KREVAさんについても、僕はもともとファンだったぐらいだから本当に光栄で。イーグル・アイじゃないですけど、すごい精度で目が利くというか、多角的に物事を捉えることができる人ですね。現場でご一緒させていただくと、自分の主観だけではなく、常に別の角度や見地から見たらどうなっているのかを意識されているなあと感じます。だからあれほどまでに強いリーダーシップが取れるんだろうなあと。とにかく場を掌握する力がハンパじゃないので、ツアーで自分のチームをまとめる点においても、たくさん学ばせてもらっていますね。

ー三浦さんはソロアーティスト。つまりスタッフ、ツアークルーやダンサーのチームは一緒にいても、看板としては単騎です。バンドやユニットのようにメンバーがいるわけではない。ご自身のリーダーシップであり、看板や座長としての成長についてはどのような意識で臨んでこられましたか?

そういう点について、自分から特に意識をしたり注意を払ったりはしてきませんでしたね。それよりもまず、「面白そう」であり「楽しそう」なものに全力を注ぐことを第一にしてきたつもりなので。僕はやっぱり歌とダンス、そしてエンターテイメントが根っから好きなので、”三浦大知”という場所がお客さんにとって最高の”遊び場”になることが理想なんです。

ー”遊び場”ですか?

そう。なんだか来るたびにアトラクションが増えている遊園地やテーマパークみたいな。実際、僕の中では「あ、まだこれやっていない」とか「これもやってみたい」というアイデアやプランがたくさんあって、それを繰り返している真っ最中ですから。

ーそういう意味で言えば、武道館はアトラクションが山盛りの遊び場でしたね(笑)。

しかも有難いことにどれも間違いなく楽しいアトラクションだったという(笑)。でもその一方で、例えば「あの遊園地、めちゃくちゃ面白かったからまた行こうよ?」ともう一度足を運んだら、今度は思いっきり更地になっていて、そこにたった一つのアトラクションだけがぽつんとあったら、それはそれでまた楽しいじゃないですか?

ーかなり意表を突かれますね。

そういう振り幅も大事にしたい。「あ、三浦大知、また何か変なことやってるな?」と思ってもらえるような動きを絶えず続けていきたいんです。

ーそれこそアトラクションの数を突然10から1にシフトさせて驚かすようなタイミングにおいてこそ、三浦さんのようなソロアーティストにはフットワークの面でアドバンテージがあるのでは? つまり、どちらの振り幅にも身体一つで行けるという意味で。

それは自分でも感じます。例えばデジタルや機材の進化というのはもちろんエンターテイメントの世界においてすごく重要だし大きいとは思います。でも結局はそれを”どう使うか”が最も重要なポイントなわけで。

ー知恵であり、RYHMESTER流に言えばまさに「K.U.F.U.」(=工夫。RYHMESTERのナンバー)ですよね。

そうそう!(笑)。しかも、その”どう使うか”であり”どう見せるか”の部分って、いまだにかなりアナログですからね。お客さんから見たら最新技術っぽく見えるステージの転換も、実際には死角にいるスタッフさんが人力でガラガラと押してくれていたりするわけだし。

ー確かに。バックステージはかなり人力ですからね。

何より僕自身の”歌って踊る”というスタイル自体が相当アナログだといえるので、特にそうした意識が強いのかもしれないんですが。

ー三浦さんはFolder時代の2000年から変声期のため5年間の休業期間を設けました。そのとき、テレビでアッシャーのステージを見て、”歌って踊る”を体現している人が日本でほとんどいないと気付き「じゃあ自分がやる!」と現在のスタイルに辿り着いたそうですね。

はい。

ーでもそれって見るのと実際にやるのでは大違いというか、いざやってみたら間違いなくハードなわけじゃないですか。思い直そうとしたタイミングなどはなかったんですか?

なかったですね。そもそも僕は6歳の頃からダンススクールに通い始めたんですけど、そこが最初から歌とダンスを分けずセットで教える方針のスクールだったんです。

ーああ、なるほど。

僕も最初はダンスを習うつもりで通い始めたんですけど、気が付いたら歌っていたという(笑)。総合的なエンターテイナーでありパフォーマーを育てるというスクールだったんですね。だから歌うときは必ず身体を動かしながら歌わなきゃダメだし、踊りは踊りで、曲の歌詞や世界観をきちんと理解した上で、「こういう歌詞だからこういうダンスを踊るんだよ?」というレッスンだったので。でも、いま質問されて考えてみれば、確かに別々に習うパターンだってアリというか、むしろ世の中的にはそっちのケースの方が多いんでしょうね。

ーだと思います。つまり、もしそのスクールが歌と踊りをセットで教える方針ではなかったとしたら、”歌って踊る”という三浦大知の現在のスタイルは形成されていなかったかもしれない?

そう思います。僕が教わったのは牧野アンナさんという方で、今でも第一線で活躍されている振付師なのですが、つくづく彼女のお陰だと思います。

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Photo by Hirohisa Nakano

ーちなみにソロデビューをして以降も、歌か踊りのどちらかに絞ろうと考えた局面というのは一切ありませんでしたか?

はい。でもそれはたぶん自分に課したとかキツくても我慢したとかでもなく、シンプルにどちらも大好きだったからです。もちろん歌って踊るのは体力を使うし、ある意味ではアスリート的な部分もあると思います。で、そう考えると、本当にいつまでこのスタイルを続けていけるのか、正直なところ、自分でも分からなくて。

ーなるほど。

ただ、これまでもそうだったんですが、パフォーマンス全体が100パーセントだとすると、ダンスの割合の方が多いときもあれば、歌の割合の方が多いときがあったっていいわけです。それが60:40になったり40:60になったりしながら、40代、50代になっても三浦大知としてやれていればいいのかな?とは思っていて。だからどちらかにしようという瞬間も全くないし、歌と踊りで表現できることをずっと模索し続ける三浦大知でありたいんですよね。

ーこれは引退したアスリートや力士から聞いたことがあるケースなのですが、若いときよりも5年、10年と経験を積んでからの方が、自分の身体の動かし方がよく分かってくるし、脳と身体が直結しやすくなると。ただ、問題は年齢を重ねることで、脳は経験から「いまこの動きがベストだ」と信号を送るんですが、既に身体がそれに付いていけなくなっている場合があると。

なんとなくは理解できます。つまり「瞬発力でいけなくなる」ということですよね?

ーだと思います。三浦さんは2005年にソロデビューして現在30歳。ソロデビューしてから10年以上の歳月が経って、ここ最近、これまでで一番大きなブレイクを迎えたという状況だと思います。

ありがとうございます。

ーキャリアの初期から歌とダンスに定評がありましたが、例えば昨年リリースされた映像作品『Live Chronicle 2005-2017』を拝見すると、やっぱり初期と近年の映像を比べたら、素人目にもパフォーマンスが成長を遂げていることが理解できるわけで……。

いえいえ(苦笑)。でもありがたいです。

ーそうした成長の一方で、年齢を重ねたフィジカルのコンディションは、今どんな状態だと説明していただけますか?

これがもう上り調子の真っ只中なんですよ(笑)。30代を迎えたらキツくなった、みたいな感覚は今のところ一切ないですね。

ーそれは素晴らしいですね。

ただ、じゃあ例えば35歳になった頃、「Cry & Fight」という曲のハードなダンスを今と同じテンションで踊りながら歌えるのか?と考えると、正直、そこは何とも言えなくて。もしかしたら5年後に「あれ、キツいかな?」と感じる可能性だってゼロではないわけですから。

ーまあ幸いなことに今の時点ではその心配も一切無用な気がしますが。

でもまあそうなったらなったで、そこを三浦大知なりに面白く見せたい。「Cry & Fight」には肩を動かす振付があって、今はもちろんサビとかバキバキに踊っていますけど、一方でダンスというのは何もキレキレで踊っていればいいというものでもないわけで。もしかしたら、今よりも40代になってからの方が、肩の動きの説得力がより増している可能性だってあるかもしれないですし。

ーそうですね。先ほど(このインタビューページ用の)撮影中にウォームアップのような動きをされていましたが、何かルーティンにしているストレッチやメソッドはありますか?

基本的にはあえて決まったルーティンを組まないようにしています。

ーほう。なぜですか?

環境や状況に関わらず、ステージの上で自分をベストな状態に持っていけるようにしておきたいからです。ナチュラルな状態でステージに立って、最良のパフォーマンスを見せることができる。それが理想なんです。もちろん、体幹やインナーマッスルは大事なのでそこは鍛えなきゃいけないんですが、僕、以前に一度、機械で腕を鍛えたときに、声が出なくなっちゃったことがあって。

ーそれはいわゆるスポーツジムにあるような筋トレ用のマシンを使ったんですか?

はい。そうしたら肩甲骨から二の腕にかけた筋肉が重くなって、声帯が下に引っ張られちゃったらしく、ハイトーンが伸びなくなってしまったんですね。でも鍛えるのを止めたら、しばらくして元に戻った。どうやら”踊るための筋肉”と”歌うための筋肉”をそれぞれに鍛えて合体させても、”歌いながら踊るための筋肉”にはならないようで。

ーそういうものなんですねえ。

結局、”歌いながら踊るための筋肉”は歌いながら踊ることで鍛えるのが最も効率的だと思うんです。だからリハーサルやライブの場で常にしっかりと身体を作って、それ以外はあまりあれこれと決めないようにしているんですよ。

ーつまり実戦こそが最大のメソッドでありトレーニングであると?

そういうことですね。以前、中村七之助さんと対談させてもらったときに、歌舞伎にもあまり決まった練習メニューがないというお話しをうかがいました。で、最後にはお互いに「結局のところ、重要なのは”現場筋”なんだよね」という結論で一致しまして(笑)。

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Photo by Hirohisa Nakano

ーそれは上手い言葉ですね。フィジカルの言語化は興味深いし楽しい。

そうですよね(笑)。それで言うと、「外側が柔らかくて中が硬い」が、三浦大知における理想的な現場筋の言語化として一番分かりやすいんじゃないかなって。

ーステーキの逆ですね?

タコ焼きでも最悪なパターンですよね(笑)。例えば(※テーブルに置かれていた)このペットボトルは、中は水だから柔らかいじゃないですか。で、容器にはある程度の硬さがある。で、ちょっと揺らすと中が揺れますよね。

ーはい。

その逆というか、中に一本、硬い芯が通っていて、その周りを包むグミみたいな外見がぐにゃぐにゃと動いているというのが理想的なイメージなんです。外見がいくら揺れても、真ん中は耐震構造のように外の影響を受けないという。だから外見がどんなに動いても、柱がブレないから、歌もブレずに歌うことができるというイメージですね。

ーなるほど。そうした構造で言えば、三浦さんと菅原小春さんの対比がまた興味深いんですよ。これは以前、菅原さんにインタビューした際にもお話ししたのですが、先ほど三浦さんが話されていた柱が、彼女の場合は球体に近い気がするんですね。その球体がずっと真ん中で浮いていて、やはり外見が全てぐにゃぐにゃと動くイメージというか。もっと言えば重心が下に向かっていないように見えて、それが彼女独自のダンスを形成しているのではないかと思うんです。

ああ、なるほど。

ーで、この見立てを彼女に話したら「それは自分がクラシックバレエや古典的なダンスのセオリーを全く通らず、我流でやってきたせいかもしれない」と語っていらっしゃって。

そうかもしれませんね。

ーで、やはり三浦さんの場合は、まさに今お話しいただいたように、柱と耐震構造だから浮いてしまってはいけないわけで、菅原さんと比べたら重心も下に向かっている。でもその芯以外は極めて自由だから、手足と頭で三角形でも五角形でも羽でも放物線でも描いて見せられるというか。

うんうん。

ーこの見立てが正しいかどうかはさておき、お二人のダンスを見ていると言葉が湧いてくるんですよ。

うれしいですね。でも思えば僕も小春と同じで、特定のジャンルをちゃんと消化してきたタイプではないですね。まあ最初はジャズというかヒップホップジャズみたいなものから入りましたけど、だからといってそれが今のスタイルに直結しているかというと違うし。あくまでも複合形なんですよね。あと音楽とダンスが共に歩み育ってきたという感覚はありますね。やっぱりそのときの音楽のトレンドに合わせて、自分のオリジナルのダンススタイルを模索してきたという側面もあるので。

ーそして、そこでもやっぱり歌と踊りはセットなんですよね。

うん、そうなんですよ。

ー声についても聞かせてください。三浦さんは先ほどのお話通り、過去に変声期のため5年間の休業を経験しています。そしてソロデビュー後も、シングル「The Answer」(2010年)のあたりで、新たなボイストレーニングの先生の元に通われて、自ら歌い方をテコ入れして、発声方法を変えたそうですね。キャリアの中で声に関する転換期を二度も迎えて、怖くはありませんでしたか?

発声をやり直すときは怖かったですね。今よりもよくなるためとは言え、「一旦、声が全くコントロールできなくなるし歌も下手になるけど大丈夫ですか?」と聞かれましたからね(笑)。

ーうわ……でもやってみたらガラリと変わったわけですか?

はい。腕を鍛えて整体が引っ張られたというさっきの話も、「ここの筋肉がついたから伸びなくなったんじゃない?」と言い当ててくれたのがその先生で、ヨガにも整体にも精通されている方でして。そもそも声というのは全身で奏でる楽器なんですね。だから身体の状態を見て「ここがちょっと硬いなら、こっちの筋肉をほぐせば声が出るよ?」とか、「太ももをほぐすと声を出しやすいよ?」と教えてくれて。声楽って、別にそれが悪いとは言わないんですが、こういう腹式呼吸でこう発声をすると喉に負担をかけずにきれいな響きの声が出せるんですよ、みたいなセオリーがあって。

ーそうですよね。

でも、その先生はそうではなく、その人の声帯や身体の状態を踏まえて、じゃあこういう感じの声の出し方をしてみようか?と一緒に模索してくれて。僕との相性もよかったんですね。で、その先生から「もうちょっとここに力入れてみて、こういう感じで歌ってみて」と言われるがままに歌ってみたら「あれ? 俺、こんな声だったっけ?」みたくなって。

ーおお。

「コントロールできるようになったら喉もかすれにくくなると思うから」みたいな感じだった。あれはすごく面白かったですね。

ーつまりは逆説的に捉えたら、そこをコントロールできるようになった今の三浦さんは、例えば歌で自分が「あれ? 今日はちょっと調子が悪いな」と感じたら、身体のどの部分をほぐして、どの部位の力を抜いたらいいのかを、ある程度まではコントロールできるということでしょうか?

はい、たぶん何となくはそれが出来ていると思います。

ーやっぱ凄いなあ三浦大知。3月7日には『BEST』がリリースされました。これはデビューから直近までのシングルのタイトル曲と初CD化の楽曲1曲と新曲1曲の全26曲で構成された初のべストアルバムでした。歌いながら踊るという三浦さんのスタイルだと、シングルであろうがアルバム曲であろうが、おそらく基本的に楽曲の選定にせよ制作にせよ、多かれ少なかれステージで歌うことを想定されているわけですよね。

うん、基本はそうですね。

ーやはりそうですか。尚且つ、ご自身も曲によっては作詞作曲に参加されていますが、楽曲の制作時はご自身の中で、「この曲ならこういうパフォーマンスができるかな?」とどの程度まで逆算しているのでしょうか? つまり、ダンスのことはさておき、「これはパフォーマンスしづらいかもしれないけれど、曲がいいから歌いたいぞ」と、思わず手が伸びちゃったようなパターンはあったのかなあと。

あ、それはどちらのパターンもありますね。例えば自分が一から参加して作る曲は、やっぱりこういうスネアのこういうサウンドで、とか、このBPMならライブでこうなるな、みたいイメージが頭にある状態から作っていけるし、提供曲の場合、特に海外の作家からの曲を最初に聴いたりするときなんかは、それを聴いた瞬間に、これを三浦大知がこうパフォーマンスしたらカッコいいかも、とイメージできる曲に惹かれますね。僕にとっては自分の中で「カッコいい」と思えるかどうかがかなり重要で、それはやっぱり基本的には今の三浦大知の楽曲にとって、出来上がった曲が迎える最初のゴールはライブである、と意識しているからだと思います。

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Photo by Hirohisa Nakano

ーしかもあれだけ踊っているのに、あの生歌のクオリティの高さですからね。つくづく尊敬します。

いえいえ、ありがとうございます(笑)。

ーちなみに日本のポップスでいうとFolder時代でもそれ以降の10代の頃でも、この人にハマったとか、あの流行った曲は聴いたなあ、みたいなものってありましたか?

久保田利伸さんや、あとは両親が好きだったドリカムさん(DREAMS COME TRUE)とか、槇原敬之さんをよく聴いていましたね。

ー根本的に美メロ好きなんですね。

あ、それはかなりあると思います。特にエモーショナルなメロディに惹かれます。だから昨今の欧米のヒットチャートの曲は、正直に言うと、ちょっと自分の中ではやや物足りなさを感じていますね。

ーその点におけるルーツとして挙げていただけるアーティストは?

いわゆるR&Bの中で最初に影響を受けたのはボーイズⅡメンだと思います。Folder時代、当時のマネージャーさんがすごく好きだったので、ずっと移動のクルマで流していたんですよ。たぶんコーラスとかハーモニーという概念を僕が初めて意識しながら聴いたアーティストだと思います。BGMとしてずっと心地よく聴けるメロディよりも、ともかくグッとくる、エモーショナルなメロディの方が好きなので。

ーここ最近の中で気になるアーティストはいますか?

フランシス・アンド・ザ・ライツなんかはメロディがよかった。ああいうアーテイストはすごく好きですね。

ー心にグッとくるエモーショナルなメロディという意味では、三浦さんはバラードにも定評があります。そしてどの曲にも総じて通底しているのがポジティヴィティなのかなあと。

おっしゃる通りです。ダークな曲でも、ただ暗いままで終わらせるのではなく、その先の明るい光や相対する存在を描き出すようにしていますし、常に希望を見出すようなポジティヴさを忘れないようにしています。

ーちなみに日本語詞の曲でもメロディでも、三浦さんにとって心の支えになったような曲って、何かあります?

うーん……たくさんありますけどねえ。でも質問の答えからは少しズレるかもしれませんが、日本に生まれてよかったなあというか、やっぱり自分の母国語は日本語なんだなあと心が揺さぶられた曲は「チキンライス」でしたね(※浜田雅功と槇原敬之。2004年)。

ーおお、そうきましたか。

あの曲は歌詞が松本(人志)さん、曲が槇原さん、歌が浜田さんだったんですけど、僕は中学時代、ちょうど洋楽ばっかり聴いてた時期があって、まあちょっとカッコつけて粋がっていた時期だったんですね(笑)。だから、いわゆる邦楽をあまりチェックしていなかったんですよ。でもあの曲を聴いたとき、何よりもグッときた。ああ、自分は日本人なんだあと思い知らされたというか。

ーほお。

僕はソロデビューして以降、例えば作詞をするときは、基本的にまず一度日本語で書いてから、必要なところを後から英語で直すようにしているんですが、日本語と向き合う姿勢について、あの曲はかなり大きな影響を受けましたね。クリエイティヴにしろ何にしろ、その時々で壁にぶち当たったり、行き詰まってしまう場面なんて、いくらでもあるじゃないですか。でもやっぱり音楽やクリエイティヴ、エンターテイメントについての悩みを救ってくれるのも、結局のところ音楽だった気がしますね。

ー深い話ですね。ご自分のヴォーカリストとしての特性についてはどのように認識されていますか? 例えば辞書で”三浦大知”と引いたときに、”歌って踊る人、エンターテイナー”と載っているとして、他にも歌についての追記事項が書かれているとしたら?

”声がデカい”(笑)。

ーそこですか(笑)。あ、でも言われてみれば、確かにインタビューの場で三浦さんほど声が通る人もあまりいないかもしれませんね。

本当ですか? 地声がデカいんですよね(苦笑)。しかもボイトレによってさらに大きな声が出せるようになったので、歌う曲によって上手くコントロールしなきゃないけない。でも一方でライブにおいてはものすごく役に立つ大きな武器でもあって。

ーかなり有効な装備ですよね。

僕は正直ビブラートも苦手だし、ファルセットもそこまで得意ではないので、自分としては、歌について技術的にそこまで上手いと思ってもいないんですが……。

ーそんなことはないでしょう。 MIYAVIをはじめ、多くのアーティストが三浦さんの歌唱力については絶賛しているし、絢香さんとも素晴らしいデュエットが成立しているじゃないですか?

ありがとうございます(笑)。さっきお話しした通り、その時々でパフォーマンスにおける比率は変わっていても、自分の中で歌とダンスは50:50で、どちらもあくまで自分の表現の一つとして捉えているという感覚なんです。ただ、なかなか特徴的な表情の声を持って産まれてきたと思ってもいるので、そこは親に感謝ですね(笑)。

ー先ほどのお話ではダンスについては特定のルーティンメニューを持たないということでしたが、喉も含めた身体のケアについてはどうですか?

乾燥していたらマスクをするとか、皆さんが気を付けているレベル程度のことしかしていませんね。そこもあまり過保護に扱わないようにしていて。喉がちょっとイガイガするぐらいで満足に歌えなくなるような局面が嫌なんですよね。ちょっとイガイガしていても歌えた方が強いじゃないですか(笑)。

ー確かにそうですね。

あと僕はダンスも踊るので、例えばテレビやステージの演出でスモークをたくさん焚くとしたら、まあもちろん限度はありますけど、「歌いづらいからスモークは止めてもらえませんか?」ではなくて、それが本当に一番カッコいい納得がいく演出なのであれば、モクモクと煙った中で歌えた方がカッコいいじゃないですか。できない理由をなるべく自分から増やしたくないというか。

ーやっぱ男前だなあ、三浦大知。

単に負けず嫌いなんですよ(笑)。仮にできなかったとき、それを理由にするのが悔しくて。だから願掛けとかそういうものもほとんどやらない。忘れたときに気になっちゃうじゃないですか。でもそれをMIYAVIさんに話したら、「そんなの毎日忘れなきゃいいだけじゃん?」と一蹴されて「あ、ですよね。いやまあそれはそうなんですけど……」って(笑)。あそこまでストイックなメンタルの強さが僕にはなくて(苦笑)。

ーそれはもういかにもMIYAVIらしい物言いですね(笑)。

あと昔、それこそダンサーと背中を叩き合ってからステージに出ていくという、儀式っぽいことを必ず本番前にやっていたんですけど、あるとき、僕が本番の直前まで打ち合わせをしていたせいで、慌ててステージ裏に入ってダンサーに会わない状態のままステージに立ったことがあって。すぐに「あ、ヤバい、儀式やれてない!」と思ったんですけど、その日のライブがまあものすごくよかったんですよ(笑)。

ーああ(笑)。

それで「あれ? あまり関係ないなこれ」って(笑)。ベストな状態って、結局は自分の気持ち一つで作れるのかもしれないなあと。

ーライブやテレビにおける「うわ、やっちまったな」という失敗談については?

あ、それはけっこうありますよ。急に歌詞が出てこなくなることもあるし、あるときのライブではターンのときにちょっと軸がブレちゃって、自分の手前にあった溝に足がバン!ってハマっちゃって。膝ぐらいの深さまでズボッって。気付いたら倒れていて視界が天井という。曲の真っ最中にですよ?(苦笑)。

ーうわ……。

で、なんとか溝から足を抜きながらまた歌い出したんだけど、お客さんが完全に「え? 今マイクから『ゴンッ!』って音、したよね?」みたいな空気になっちゃってて、もう全くごまかしきれなかったこととか(笑)。まあそれでも最後までやりきるしか手がなかったので、恥ずかしいったらなかった(苦笑)。

ーちなみにこれまでに大きなケガなどは?

おかげさまで今のところはないです。演出で高いところから飛んでかかとを打って打撲したとか、そういうのはたまにありますけど、疲労が蓄積しちゃって常に膝が痛いといったような持病も特にないですね。

ーそれは何よりですね。三浦さんの最近のブレイクの一旦を担ったパフォーマンスに、昨年大晦日のNHK紅白歌合戦でも披露された「Cry & Fight」の無音シンクロダンスがありました。あれは何度見ても息を飲みます。

ダンスって人数がいればそれだけフォーメーションのバリエーションが広がるし、反対に人数がいればいただけ、それを減らすことでよりインパクトを生み出すこともできる。そこがまた楽しくて。群舞で見せるのは演出としても素敵だし、シンプルにカッコいいですよね。しかもダンスって、ただ踊っているんじゃなくて、身体で表現しようとしている人間のパワーそのものだと思うので、想いがたくさん集まれば、それはやっぱり強く大きな想いになる。きれいにシンクロしたから美しいというわけではなく、そこがグッとくるポイントなのかなあと自分では思っていて。

ー群舞で言えば、それこそ三浦さんには大きなルーツとしてマイケル・ジャクソンというパイオニアがいますが、最近の音楽で何か気になったパフォーマンスはありましたか?

それこそ先日アメリカで行われたスーパーボウルにおけるジャスティン・ティンバーレイクのハーフタイム・ショーは、観ていてものすごくハッピーでしたね。

ー観ました。同感でした。

あれって一人ひとりのスキルが云々とかいう話ではなくて、みんなジャスティンの曲が大好きで、同じ時間と場所で同じ楽しさを共有していて、みんなが同じことを思いながら踊っているという、強い想いの集合している様子が伝わってくる感じが素敵だったんだと思うんですよね。あとはもちろん個々の演出の素晴らしさやプリンスのトリビュートもあったし、ニューアルバムの世界を踏襲しているなあというのも伝わってきましたけど、何よりジャスティンがものすごく普通に、音楽的なアプローチでショーに臨んだ姿勢に感動しましたね。

ーああ、なるほど。

ハーフタイム・ショーって、どうしても何か飛び道具で勝負する、みたいなアプローチになりがちな場だと思うんです。でも、あの日のジャスティンは衣装も割とリアルクローズ寄りで、自分のワンマンでやっている演出をそのままベストな状態で持ち込んだようなライブをやっていて、しかもそれがきっちり成立していた。それって何だかすごく大人なアプローチだなあというか、あれほどの大舞台をあんなに大人数で、あれぐらいナチュラルに取り組めていたのが素敵だなあと思いましたね。

ーそこも全く同感でした。例えばご自身のツアーにおいては、ステージ構成やセットリスト、ダンサーの数やフォーメーションにバンド、もちろん自分の歌とダンスなど、考えなきゃいけないタスクがごまんとあるわけですよね。三浦さんはそれらに対してどのような手順で取り組んで、ツアーの初日を迎えているのでしょうか?

基本的にはまず自分がテーマとなるアイデアを考えて提案します。「今回のツアーのテーマはこれです。で、こういうことがやってみたくて、こういうセットリストがいいんじゃないかなあ。だからステージのここにはこういう装置があって、こういう見せ方ができたら面白いんじゃないかと思う。なのでセットはこういう感じのデザインがいいんじゃないか」というのを、まずは物理的な問題点なんかを一旦考えずに、テーブルの上にバンッと乗せてみるんですね。

ーなるほど。

そこから今度は「ところでこういうのって現実的に可能なんですかね?」という段階に入ると、「いや、その機材はそういう効果を狙おうとすると数が足りないんだよね。借りられる数の限界がここまでだから」といった意見が専門のスタッフから返ってくるので「じゃあ別の機材で同じような効果を生み出せるものって、何かありませんかねえ?」といった現実的な落とし所を模索し始めるわけです。

ーふむふむ。

自分が作ったフォーメーションについても、例えばリハーサルしていくなかで、ダンサーからの「いや、その大知の見せ方も面白いけど、例えばこれをこういうふうに使うのもありなんじゃない?」というアイデアが面白かったら「あ、それいいね!」と採用してみんなで作っていったりもしますし。つまり0から1までをまず自分が考えて、そこからはみんなでどんどん膨らませていくという感じですね。

ーその1となるアイデアは、かなり明確な画として頭に浮かぶんですか?

ええ。もちろん練っていく過程でどんどん変化もしていくし、舵を取る角度も変わってはいきますが、土台についてはそうですね。それと、例えば今回のツアーもそうでしたけど、僕の場合、大抵は一つのツアーに対して、そこに入りきらなかったアイデアがたくさん残るんですよ。それはこことここの物語の筋を通すために泣く泣く諦めるとか、全体の流れとの関係でボツにしたものの、アイデアとしてはもったいないと思えるような積み木やピースのようなもので。それがストック用の箱に眠ってる。つまりそれらをパズルや積み木のように組み合わせるだけでも、新しい一つのツアーができないこともなくて。もしくは、次はこの積み木をメインにして、そこにどう新たな肉付けをするかと考えることもできるわけです。だから一つのツアーが終わるとゼロに戻ってまた一から出直すというよりは、作れば作るほどどんどん続けていけるような感覚なんですね。場合によっては、そこで足らないものを模索して、「これが合うかな? それともこっちかな?」といじくりながら、アイデアを違う角度から試してみることもありますね。もっと言えば、あのときのツアー、もしくはあのとき使ったパーツって、つまり自分はこういうことを言いたかったのか、と、ツアーを二つ挟んでから気付くこともあったりして。

ーつまり三浦さんのアイデアのストック箱には、今もかなりの数のアイデアの積み木やピースがごろごろと眠っているんですか?

そうですね。たくさんありますし、あと最近ちょっと考えていることとしては、その積み木自体の形を一から作るというアプローチで。今までのピースで使っていない/使えなかったものではなくて。

ー要は丸とか四角とも異なる、新たな形を一から生む、みたいなことでしょうか?

そうですそうです! まさに型そのものをゼロから作るやつです。それが成功したらまたさらにかなり面白くなるはずなんですよね。

ーそれは期待しちゃいますね。一概には言えないとも思いますが、インプットについてはどのように? ライブや舞台によく足を運ぶとか、海外のMTVをよくチェックするとか。

それももちろんありますけど、そこまでマメな方でもなくて。僕はいろいろなものから影響を受けやすいタイプだと思います。特に人との会話はけっこう大きいですね。もしかしたら今日のこのインタビューから何らかのアイデアが湧いてくるかもしれないし。

ーだとしたら光栄ですが(笑)。

自分の中になかった考え方や価値観に触れるのが好きなんです。あまり人が自分と違うことに否定的な気持ちが湧かないんですよね。「自分ではこうだと思って作ったけど、人にはそういう感じに見えるんだ?」といった発見がたくさんあるので。だから僕のアイデアの宝庫は人かもしれない。街で変な動きをしている子どもを見ると、「あ、これってダンスのステップになったらちょっと面白いかも」と思うような瞬間もよくありますし。

ー日常生活からのインスパイアがけっこう多いんですね。

ええ。それと僕、テレビCMがすごく好きなんです。最近はシリーズものも多くなりましたけど、CMって基本的には15秒とか30秒という尺の中で、絶対に伝えなきゃいけないことを詰め込んで表現しているわけじゃないですか。映っている全ての要素が、絶対に伝えるテーマのためだけに存在している無駄のない感じとか、”伝えるプロ”がせめぎあっている様子にむちゃくちゃ惹かれるんですよ。ストレートに伝える面白さもあれば、メッセージを伝えるために、あえて一旦黙ってみせるとか、CMの技法から得たヒントや概念を、ライブの構成やステージセットで試してみたこともありますね。

ーもしかして三浦さんはどちらかと言えばテレビっ子というか、主なカルチャーをテレビから吸収して育ったクチですか?

あ、だと思いますね。テレビはかなり好きですね。お笑いやバラエティもよく観ますし、ゲームもするし。

ーでは紅白にしろ、めちゃイケやミュージックステーションにしろ、地上波の露出が増えたことはかなりうれしい展開だったんじゃないですか?

はい。もちろんまだ三浦大知を知らない人にももっと知ってほしいというプロモーションの意味でもすごく重要ですし、何よりここまでずっと応援してくれてきた皆さんに喜んでいただけるのがうれしいですね。

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Photo by Hirohisa Nakano

ーそうしたテレビ番組や武道館を観るとあらためて思うのですが、三浦さんは現在のポップスのシーンの中で、ダンサー、シンガー、ヒップホップと、ジャンルを問わずさまざまなな方たちと有機的につながっているし、”歌って踊れる”からこそ、時にはそういった異なるジャンルとジャンルをつなぐハブとしての機能性も備えているように思えるんです。

ありがとうございます。

ー同じ”歌って踊れる”でも、ネガティヴな意味ではなく、アイドルの場合はどちらかと言えばハブではなくて素材になる場合の方が多くて、それがアイドルの強みでもあるわけなので。そういう意味でも三浦大知というアーティストでありエンターテイナーは、初めてアッシャーを観たときの想いとはまた違った意味で、あまり他に存在しない、独自のスタンスを形成しているように思えるんですね。

そう言っていただけるのはすごく光栄ですし、そうなっていたらいいなあと自分でも思いますね。やっぱり繰り返しにはなりますが、「三浦大知だからこそ、こういうことができるんだよな」と感じてもらえる存在になっていたいというのは、自分にとって常に大きな理想の姿なので。

ー三浦さんはデビューから20周年を迎え、ソロデビューからも既に10年以上のキャリアを誇ります。例えば音楽で言えば「宇多田ヒカルを聴いていました」、「椎名林檎が好きでした」といった世代がシーンにどんどん現れています。

そうですよね。分かります。

ー今後、より注目や露出がマスに向かっていくことで、もちろん今でもいるんですが、「三浦大知でダンスに憧れました」、「三浦大知を観て、歌って踊るスタイルを志しました」といった男性パフォーマーが、どんどん登場してほしいしと思いますか? もしくは「なんでまだあまりいないんだろう?」といったじれったいような感覚を抱いたりはしますか?

それはどちらもありますね。自分としてはアッシャーを初めて観たときから今日まで「これって絶対面白いのに、なんでみんなやらないんだろう?」と思ってきましたから。だってカッコいいし楽しいですからね。これが一つのシーンを築いたら絶対に面白くなると思う。そういう意味では女の子の方が人口的には多いと思うんです。ソロもグループも、みんな歌って踊るじゃないですか。男の子にもどんどんトライしてほしいですね。たくさん集まったら最高だと思うし、その中に「三浦大知を見て面白そうだと思ったから」なんて言ってくれる子がいてくれたら、そんなにうれしいことはないですね。

ーいっそ三浦さんから見て「あ、ちょっとヤバいのが出てきたぞ、これは俺もうかうかしちゃいられないな」と危機感を煽られるぐらいのヤツが一人か二人現れてくれたら、けっこう面白くなるような気がするんですよね。

本当にそう思います。自分でもそこは夢見ますね。

ー宇多丸さんが「日本のエンターテイメントを変える可能性を持つ男」と三浦さんを評している通り、日本における”歌って踊る”ショーマンシップの歴史が更新されるためにも、ここからの三浦さんの活躍に期待が募ります。

そうですね。まだまだ僕自身についての課題も山ほどあるし、まさにこれからが本番なんですが、自分も30代になったので、徐々にそうした課題に対して、ちゃんと責任持って……と言って偉そうに聞こえたら困るんですけど(苦笑)、エンターテイメントの向上について、僕で役立つことがあるのならば、自分なりにどんどん向き合っていきたいとは思っていますね。

ー新たなトライ。新たなファンとの出会い。これまでのファンへの恩返し。次世代を生み出すような活躍……まさにここからが勝負ですね。

そう思います。でも、プレッシャーは全くなくて、何か考えれば考えるほどすごく楽しみなんですよね(笑)。

ー今は課題があればあるだけ、燃えてくるという感じですか?

本当にそうですね。まあ基本的に負けず嫌いな性格なんだと思いますし、不可能を可能にするって、それだけで楽しいし快感じゃないですか。

ーおお、まさに”ミッション・インポッシブル”ですね(笑)。

そうそう(笑)。「これはどう考えてもできないですね」と言われたとしても、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返した結果、「最初に無理だと思っていた形を超えちゃったじゃん?」というところにたどり着けたら、もうしてやったりというか、気持ちいいじゃないですか。そういうのがたまらなく好きなので、むしろ「楽しみで仕方がない」という感情しかないですね。

ーメソッドもケアも固定しないという三浦さんですが、そういう楽しみを形にするためのモットーについてはどうですか?

どうだろう……ああ、でもライブの前に円陣を組むときに僕が言うのは、「思い切り丁寧に楽しんでやろう」という一言ですね。全力と丁寧の二つがしっかりと両立していることが、僕にとって最良のエンタテインメントだと思っているので。

ーいい言葉ですね。

それはやっぱり日々の積み重ねがないとできないことだと思うので、そこに向かって自分がちゃんとやれているかどうかは都度都度チェックしていると思いますね。

ーいやそれはとても頷ける話です。というのも、『DAICHI MIURA BEST HIT TOUR 2017』のツアーグッズをチェックしたら、Tシャツのデザインが”地層”なんですよね。

ああ、はいはい。

ーご本人を前にしてこんなことを言うのもちょっと申し訳ないんですが、「うわー、すげえな三浦大知、地球の大地レベルで積み重ねちゃうのかよ?」って。関心もしましたけど、さすがに凄過ぎてちょっと爆笑しちゃって(笑)。

そっか(笑)。あれはデザインの打ち合わせの席で自分から「地層がいいですね」って提案したやつでした。「地層で何かロゴ考えてもらえたりしないですかねえ?」って(笑)。アメリカにアンテロープ・キャニオンという有名な地層があるじゃないですか? あれにものすごく惹かれるんです。

ーあれは美しいですよねえ。

歳月の積み重ねの創る美しさが人を魅了するなんて素敵じゃないですか。積み重ねがあるからこそできることって、人間なら誰しもたくさんあると思うので。

ー40代、50代や次世代についての話題も上がりましたが、他に三浦さんの中で今考えているヴィジョンは何かありますか? 例えば海外進出とか。

そうですね。今は国内とか国外とかいう言葉がそんなに意味を成していないじゃないかと思うんですよね。インターネットでいろんなところとつながれるし、かなりボーダーレスだし、どこの国の映像だろうが音楽だろうが聴けるような時代ですからね。逆に言えば意識しない方が難しいというか。だからといって英語の曲ばかり作ろう、みたいな気持ちはないんですが。そういうことではなく、もう最初からそうやって海外を視野に入れたヴィジョンありきでエンターテイメントを捉えて活動していく方が、これからの自分にとっては自然な流れなのだろうと思っています。

ーなるほど。あとは今日この会話において何度も登場した「楽しい」を極める方向で邁進していくということでしょうか。

そうですね。もう、とにかくあそこに何か鉱脈がありそうと思ったらチーム全員でまず行ってみる。「あ、違った!」ってなってもいい(笑)。そうやってみんなでああだこうだと言い合いながら、チーム三浦大知だからこそ実現させることのできる表現をどんどん増やしていきたいですね。

ーこれからの三浦大知に大きく期待しています。今日はありがとうございました。

こちらこそ。ありがとうございました!

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三浦大知

1987年8月24日生まれ、沖縄県出身。Folder のメインヴォーカルとして1997年にデビュー。2005年3月にシングル「Keep It Goin On」でソロデビュー。天性の歌声とリズム感、抜群の歌唱力と世界水準のダンスで人々を魅了し、コレオグラフやソングライティング、楽器も操るスーパーエンターテイナー。2017年1月にリリースした「EXCITE」で自身初のオリコン週間シングルランキング1位を獲得。2017年3月、6枚目となるオリジナルアルバム『HIT』をリリース。11月、「第50回日本有線大賞」において「有線音楽優秀賞」を受賞。合わせて「第59回輝く!日本レコード大賞」において「EXCITE」が優秀作品賞を受賞、その年「第68回NHK紅白歌合戦」にて紅白初出演を果たした。2018年1月31日にはワンマンでは初となる大阪城ホール公演、2月14日・15日には2デイズでは初となる日本武道館公演を開催し大成功をおさめる。3月7日、自身初となるベストアルバム『BEST』をリリースし、アルバムでは初のオリコン週間ランキングで1位を獲得。7月11日にはNaoymtプロデュースのアルバム『球体』を発表。8月22日にはシングル「Be Myself」をリリースする。https://avex.jp/daichi/

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New Single「Be Myself」

2018年8月22日発売

[CD+DVD] AVCD-16894/B

[CD] AVCD-16895

<CD収録曲>

01.    Be Myself

02.    Perfect Day Off 

03.    Breathless

※AVCD-16894とAVCD-16895のCD収録内容は共通。

<DVD収録内容>

Be Myself -Music Video-

Be Myself -Making-

Styling = Yuya Murata Hair and Make-up = Ryusuke Toyama

ブルゾン ¥121,500(税抜)、シャツ ¥53,500(税抜)、Tシャツ ¥13,000(税抜)、パンツ ¥39,500(税抜)、シューズ ¥39,500(税抜)(すべてワイスリー/アディダス ファッション グループ ショールーム TEL: 03-5547-6501)

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